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CHIPS (Cookies Having Independent Partitioned State) によるCookieパーティショニング:技術解説とフロントエンド開発での対応策

Tags: CHIPS, Cookie, Privacy Sandbox, Webセキュリティ, フロントエンド開発

はじめに

Web開発においてCookieは長らく重要な役割を担ってきましたが、プライバシー保護の観点からその利用方法が大きく見直されています。特にクロスサイトトラッキングに利用されてきたサードパーティCookieは、主要ブラウザによる段階的な廃止が進められています。このような背景の中で、Google Chromeが提案するPrivacy Sandboxの一環として注目されているのが、CHIPS (Cookies Having Independent Partitioned State) です。

CHIPSは、埋め込みコンテンツで依然としてCookieが必要となるユースケースに対応しつつ、クロスサイトトラッキングを防ぐための技術です。本記事では、CHIPSの具体的な技術的仕組み、関連するStorage Partitioningの概念、そしてフロントエンドエンジニアが直面するであろう影響と、その対応策について深く解説します。

CHIPSの技術的仕組みとStorage Partitioning

クロスサイトCookieの問題点とStorage Partitioningの概念

これまでのWebでは、Cookieは同じサイトからのリクエストであれば共有されていました。しかし、あるサイトAにサイトBのコンテンツ(例えば、埋め込みウィジェットや広告)が埋め込まれている場合、サイトBのCookieがサイトAのコンテキストで保存・送信され、サイトAとサイトBの両方でユーザーを識別できるようになり、クロスサイトトラッキングを可能にしてしまうという問題がありました。

この問題を解決するための根本的なアプローチの一つが「Storage Partitioning」です。Storage Partitioningとは、ブラウザがCookieやCache API、IndexedDBなどのストレージを、トップレベルのサイト(ブラウザのアドレスバーに表示されているURLのオリジン)に基づいて分割して管理する仕組みです。

通常のパーティショニングでは、example.com上でthirdparty.comのコンテンツが埋め込まれている場合、thirdparty.comが設定したCookieはexample.comのパーティションに紐づけられます。これにより、thirdparty.comが別のサイトanother-example.comに埋め込まれたとしても、thirdparty.comのCookieはexample.comのパーティションとは異なるanother-example.comのパーティションに保存されるため、両サイト間でCookieが共有されることはなくなります。

CHIPSによるCookieのパーティショニング

CHIPSは、このStorage Partitioningの概念をCookieに特化して適用するメカニズムです。具体的には、Cookieを設定する際に新しいPartitioned属性を付与することで、そのCookieを「パーティション化された」状態にします。

Partitioned属性が付与されたCookieは、トップレベルサイトのオリジンとCookieを設定したサイトのオリジン(セカンドレベルサイト)の組み合わせに基づいてパーティションキーが生成され、そのパーティションキーに紐づけて保存されます。

例えば、https://example.comhttps://widget.comが埋め込まれており、widget.comSet-Cookie: user_session=abc; SameSite=None; Secure; PartitionedというヘッダーでCookieを設定した場合を考えます。このCookieは、{https://example.com, https://widget.com}というパーティションキーで保存されます。

これにより、同じwidget.comhttps://another-site.comに埋め込まれたとしても、widget.com{https://another-site.com, https://widget.com}という異なるパーティションキーで新しいCookieを設定することになります。結果として、user_session=abcというCookieがexample.comanother-site.comのコンテキスト間で共有されることはなくなり、クロスサイトトラッキングが防止されます。

CHIPSの主な特徴: * Partitioned属性は、Secure属性およびSameSite=None属性との組み合わせでのみ有効です。HTTP接続やSameSite=Lax/StrictのCookieには適用できません。 * パーティション化されたCookieは、設定された特定のトップレベルサイトのコンテキストでのみアクセス可能です。 * 未パーティション化のCookie(Partitioned属性なし)は、サードパーティコンテキストでは送信されなくなります。

実務への影響と対応策

CHIPSの導入は、特に埋め込みコンテンツを提供するサービスや、複数のドメインにわたってユーザー体験を統合する必要があるWebアプリケーションにとって、重要な影響を及ぼします。

サードパーティCookie利用ケースの見直し

まず、現在利用しているサードパーティCookieのユースケースを洗い出す必要があります。 * 埋め込みウィジェット: 認証状態の維持、パーソナライズされたコンテンツの表示、セッション管理など。 * A/Bテストツールや分析ツール: ユーザー識別。 * チャットボット: ユーザーセッションの維持。 * シングルサインオン (SSO): IDプロバイダーからの認証情報のリレー。

これらのユースケースで、ユーザーの利便性を損なわずにプライバシーを保護するためには、CHIPSの導入が有効な解決策となる可能性があります。

Partitioned属性の付与方法

CHIPSを導入するには、Cookieを設定する際にPartitioned属性を追加します。これはHTTPレスポンスヘッダーのSet-Cookieディレクティブで行うことが一般的です。

Set-Cookie: __Host-session=abc; Max-Age=3600; SameSite=None; Secure; Path=/; Partitioned;

フロントエンド開発での考慮事項: * __Host- / __Secure- プレフィックス: Secure属性とPath=/が必須の__Host-プレフィックスを推奨します。これにより、Cookieのセキュリティが強化され、より堅牢な実装になります。 * JavaScriptからの設定: document.cookieを通じてJavaScriptからCookieを設定する場合も、同様にPartitioned属性を指定します。

document.cookie = "__Host-session=abc; Max-Age=3600; SameSite=None; Secure; Path=/; Partitioned;";

ただし、JavaScriptから設定する際は、Secure属性を伴わないPartitioned属性はエラーとなるため注意が必要です。

Service WorkerでのCookieアクセス

Service Workerは、オフライン機能やプッシュ通知など、Webアプリケーションの様々な機能拡張に利用されます。Service WorkerからのCookieアクセスも、CHIPSのルールに従います。 パーティション化されたCookieは、そのパーティションキーに紐づくコンテキストでのみService Workerからアクセス可能です。したがって、サードパーティコンテキストで動作するService Workerが、未パーティション化のCookieにアクセスすることは難しくなります。

Service Workerでリクエストをインターセプトし、Cookieを操作する場合、request.credentials = 'include'を設定したfetchリクエストでは、現在のコンテキストのパーティションに紐づくCookieのみが送信されます。

Cookieのライフサイクル管理とデバッグ

パーティション化されたCookieは、ブラウザの開発者ツールで確認できます。Chromeの場合、「Application」タブの「Cookies」セクションで、各Cookieがどのパーティションに属しているか(通常はトップレベルサイトのURL)が表示されます。これにより、Cookieが意図通りにパーティション化されているかを確認できます。

主要ブラウザごとの挙動の違い

CHIPSはGoogle Chrome主導で提案・実装が進められているPrivacy Sandboxの技術です。そのため、ブラウザごとの対応状況やアプローチには違いがあります。

Chrome (Privacy Sandbox)

Chromeでは、段階的にCHIPSのテストと展開が進められています。 * Chrome 100以降でフラグ付きで利用可能になり、安定版でのデフォルト有効化が進んでいます。 * サードパーティCookieの段階的廃止と並行して、CHIPSの採用が推進されています。 * 開発者ツールでは、パーティション化されたCookieの確認が可能です。

Safari (ITP)

SafariのIntelligent Tracking Prevention (ITP) は、以前から強力なトラッキング防止機能を提供しています。ITPは、機械学習を用いてトラッカーを特定し、サードパーティCookieに7日間の有効期限を設けるなどの制限を課してきました。 ITPのアプローチはCHIPSとは異なり、明示的なPartitioned属性を必要とせず、ブラウザが自動的にストレージをパーティション化する傾向があります。ITPは主に、ファーストパーティCookieを含めた一般的なストレージへのアクセスを制限することで、クロスサイトトラッキングを防止します。CHIPSのような明示的なCookie属性による制御は提供していませんが、結果として同様のプライバシー保護効果が得られます。

Firefox (ETP)

FirefoxのEnhanced Tracking Protection (ETP) も、ITPと同様に既知のトラッカーからのクロスサイトCookieをブロックします。また、Supercookieと呼ばれるより高度なトラッキング手法に対しても、ストレージのパーティション化を通じて防御策を講じています。 Firefoxもまた、CHIPSのようなCookie属性による明示的なパーティショニングではなく、ブラウザレベルでの広範なストレージパーティショニングを実装することで、サードパーティコンテキストでのデータ共有を制限しています。

これらの主要ブラウザは、それぞれ異なるアプローチを取りながらも、クロスサイトトラッキング防止という目標に向かっています。フロントエンドエンジニアとしては、CHIPSが主要な標準となりつつある中で、その挙動を理解しつつ、SafariやFirefoxの既存の強力な保護機能との互換性も考慮した実装が求められます。

将来展望

CHIPSは、サードパーティCookieの段階的な廃止が進む中で、特定のユースケースにおけるCookieの必要性を維持しつつ、プライバシー保護を両立させるための重要な技術です。

サードパーティCookieの廃止は、Web開発におけるパラダイムシフトを意味します。CHIPSのような新しい技術を理解し、適切に導入することは、プライバシー保護とユーザー体験の両立を実現する上で不可欠です。

まとめ

CHIPS (Cookies Having Independent Partitioned State) は、クロスサイトCookieによるトラッキングを防止しつつ、埋め込みコンテンツなどで必要となるCookieの機能を維持するための重要な技術です。Partitioned属性をCookieに付与することで、そのCookieはトップレベルサイトのオリジンと組み合わされたパーティションキーに紐づけて保存され、他のサイトからはアクセスできなくなります。

フロントエンドエンジニアとしては、サードパーティCookieに依存している既存の機能をCHIPSに対応させるための具体的な改修が必要になるでしょう。Set-CookieヘッダーへのPartitioned属性の追加、JavaScriptからのCookie設定における注意点、そしてブラウザごとの異なるプライバシー保護アプローチの理解が求められます。

Privacy Sandboxの他の技術と連携し、CHIPSを適切に活用することで、私たちはよりプライバシーに配慮したWebアプリケーションを構築し、将来のWebエコシステムの変化に対応していくことができます。この新しい時代において、CHIPSはフロントエンド開発者が習得すべき不可欠な技術の一つとなるでしょう。